父親「停まったまま据え切りしちゃだめだよ」
娘「据え切りって?」
父親「タイヤが減るから、停まったままハンドル回さないで」
娘「駄目?下がりながらハンドル回すと、タイヤがどっち向いてるか分からなくなるから」
散歩の途中で見かけた光景です。娘さんは免許取り立てらしく、父親と車庫入れの練習をしているようです。見ていると、車のお尻を車庫に向け傾けた状態で、動かずにハンドルを回してタイヤの向きを真っ直ぐにしてから、車庫の入り口に向かってバックするとうまく行くようです。
車庫の前の道路は4m程で、エルグランドでバック駐車するには、何度か切り返しをしなければならないのですが、その度に娘さんは停まったまま据え切りをしていました。未だ新車のようなので、父親がタイヤの減るのを気にするのも分かります。一度の車庫入れに、何度も据え切りをしていたらタイヤの摩耗も早いでしょう。
私はふと思いました。「悪いのはタイヤが減ることだけなのか?」気になったので、ちょっと調べて見たら、他にも良くないことが分かりました。
車重を支えるパーツと向きを変えるパーツに負担がかかるらしい
現在販売されているエルグランドの車両重量は、グレードによって多少バラツキは有りますが、1,950kg~2,180kgあります。約2トン前後もあります。これを4本のタイヤで均等に分散したとしても、1つに500㎏の重さが掛かります。車両重量は誰も乗車していない状態の重さなので、これに人が乗った分だけ重くなります。
500㎏の重さが加わったタイヤの向きを変えるには、相当の力が必要なのは想像できます。タイヤのゴムを減らすだけでなく、タイヤに掛かる車重を支えるパーツや、タイヤの方向を変えるパーツに負担がかかるらしいことが分かります。
車重を支えるパーツへの影響
車の重さが直接タイヤに伝わるのを和らげるクッションの働きをするパーツがあります。路面から受ける衝撃を抑えながら、それに伴う車重の掛かる反動が、直接タイヤに届かないようにしているサスペンションというパーツです。
<出典画像:『サスペンション』https://www.webcartop.jp/2016/06/43962>
サスペンションは直にタイヤにはつながっていません。一旦、アームと呼ばれるV字型のパーツで受け止め、そのアームのV字の頂点の所がタイヤにつながっています。このV字型のアームは鳥の胸の骨(肋骨)に似ていることから、この形のアームをウィッシュボーンと呼ぶそうです。
<出典画像:『ウィッシュボーン型のロアアーム』https://www.webcartop.jp/2016/06/43962>
この写真の車は1つのアームでサスペンションを支えています。下の方で支えているので正確にはロアアーム(lower arm)というそうです。高級車の中には、このようなウィッシュボーン型のアームをもう1つ上に設けて、2本のアームで支えている車があります。ダブルウィッシュボーンと呼ばれていて、上のアームをアッパーアーム(upper arm)と呼ぶそうです。
<出典画像:『ダブルウィッシュボーンのアッパーアームとロアアーム』https://car-moby.jp/102247>
エルグランドはどんなアームでサスペンションを支えているのか調べてみると、ウィッシュボーン型のアームではなく、もう少し平たくしたパーツ1つで支えているようです。
<出典画像:『エルグランドのロアアーム』https://www.goo-net.com/pit/shop/0803825/blog/170642>
エルグランドはロアアーム1つで500㎏の重さを支えていることになりますね。劣化すると異音がするようになるそうで、交換が必要になります。
<出典画像:『エルグランドのロアアーム劣化による交換』https://www.goo-net.com/pit/shop/0803825/blog/170642>
素人目には、これだけで500㎏を支えるのは大変だろうと感じます。
車の重さがサスペンションからアームに伝わり、アームからタイヤに伝わるわけですが、その間にタイヤを滑らかに回転させるベアリングという、金属のボールが集まったパーツがあります。過度な摺り切りの悪影響はベアリングにも及ぶ可能性があるそうです。
ベアリングが劣化すると、接触する金属に傷を付け、これも異音の原因になります。
<出典動画:『アクティ ハブベアリング交換前後の異音の変化』YouTube>
タイヤの向きを変えるパーツへの影響
車の重量を最終的に支えるタイヤの向きを変えるパーツにも相当な負担が生じます。パワーステアリングの方式には色々な方式があるようですが、原理的には、ハンドルの弱い力をタイヤに強い力として伝えるために、その間に力を増幅するパーツを経由させているわけです。その動力にオイルポンプだとかモーターだとかの違いがあるのです。
<出典画像:『電子で油圧を制御するパワーステアリング』http://ftpmirror.your.org/pub/wikimedia/images/wikipedia/commons/d/d9/パワー・ステアリングの解説.pdf>
<出典画像:『モーターを原動力にするパワーステアリング』http://ftpmirror.your.org/pub/wikimedia/images/wikipedia/commons/d/d9/パワー・ステアリングの解説.pdf>
運転手が回したハンドルの小さな回転でも、オイルポンプやモーターの力に助けられて重たいタイヤでも動かすことが出来る仕組みです。
最初の写真で言えば、ロアアームの下でタイヤの伸びているシャフトが、ハンドルの回転をタイヤに伝えるタイ・ロッドというパーツです。タイ・ロッドが動いてタイヤの向きが変わります。
<出典画像:『タイ・ロッド』https://www.webcartop.jp/2016/06/43962>
車を停めたまま過度にハンドルを回してタイヤの向きを変えようとすると、油圧の場合には油の温度が上昇して気泡が発生して油圧が低下し、タイヤを動かす力が弱まります。劣化が進むとオイルポンプの油が漏れることもあるそうです。
モーターの場合には、モーターが過熱し過ぎるのを保護する回路が作動して、モーターが働かないようにします。どちらの場合も、暫くや済ませれば回復しますが、無駄な負担は良いことはありません。
据え切りは、車重を支えるパーツだけでなく、タイヤの向きを変えるパーツにも、余分な負荷を掛けることになります。据え切りは走行中に比べて、10倍以上の負担が各パーツに掛かっているという見解もあります。
停車状態でステアリングホイールを大きく転舵すること。駐車や車庫入れで使われることの多い操作で、走行中の操舵力に比べて10倍以上の力が必要とされる。とくにパワーステアリングの場合は操舵系に負担が多い。わずかでもクルマが動いていれば3分の1から4分の1程度、普通走行では10分の1以下の力で操舵できる。重くてハンドルが切れない場合は、少しでもクルマを動かしながら切ると軽い力ですむのはこのためである。(出典:『据え切り』by Weblio辞書 https://www.weblio.jp/content/据え切り)
タイヤの正常なアライメントにも影響
4つのタイヤの並び・傾き具合をホイール・アライメント(Wheel Alignment)というそうですが、据え切りはこれらにも影響を与えるようです。
車検の時などに、タイヤのローテーション(配置換え)をしますが、目的はタイヤの擦り減りの偏りを防ぐためです。そのぐらい4本のタイヤは、均等なバランスを維持するのが大切だということです。
普通の乗用車の4本のタイヤのアライメント(並び・傾き具合)には、4つの求められるポイントがあります。(スピードレースのための車などは別です)
- 車の上部から見てタイヤの向きが真っ直ぐであること(トー角 Toe Angle)
- 車の前部から見てタイヤがの角度が垂直(90度)であること(キャンバー角 Camber Angle)
- カーブを曲がる時、車の前部から見てサスペンションとタイヤの間の角度が適正であること(キングピン角 Kingpin Angle)
- 車を横から見てサスペンションの角度が適正であること(キャスター角 Caster Angle)
例えば、トー角もキャンバー角も、傾いた方に車は進もうとします。正しくセッティングされていないと、車はガタツキますが当然ですよね。
若いお兄さんたちが、タイヤをハの字型に傾けて走っているのをたまに見かけます。あれは左右のタイヤのキャンバー角を内側に(マイナスの方向になります)傾けて、コーナリングを安定させる働きをさせるためですが、タイヤの摩耗が早く、直進の安定性は低下させます。
左右のタイヤのキャンバー角が内側(マイナス側)に向いているので、どちらのタイヤも傾いた方(内側)へ行こうと押し合うことになります。コーナーをスピードを出したまま曲がるのには角度的に納得できますが、直進の時は無駄な力が働いているのは想像できます。
据え切りの無駄な力は、これらのタイヤの向きや角度の最適なバランスを崩す要因になります。少しでも動きながらのハンドル操作は、タイヤに掛かる負担を大きく軽減させますので、全く動かさずにハンドルを回すのを避けるべきです。
アクセルを踏まなくても自然に車は動くので、ブレーキを加減してゆっくりバックしながら、ハンドルを回すようにした方が車には良いですね。