バック駐車が苦手から得意になった30代主婦のメモ

バック駐車が苦手だった30代主婦が運転が得意になったコツのメモ

カテゴリ: 運転マナー

4年程前の春の頃の出来事です。休日に家族で花見に出かけました。車で1時間半ほどの所で、近隣では有名な花見の名所です。近くには大きな川が流れ、遊歩道のある土手沿いに植えられた桜並木には、2週に渡って沢山の露店が出ます。

年々客足が増え、この時も予想以上の人手で、無料駐車場は既に満車、有料の駐車場も近いところは空いていませんでした。駐車場の警備員に地図を渡され「すいません。一杯なんで、ここの駐車場へ行ってください」と言われました。私たちは「もっと早く出ればよかった」などと呟きながら、教えられた駐車場へ向かいました。

花見の土手から歩いて10分近くはかかると思われる場所に臨時駐車場はありました。臨時駐車場は1つではなく、3つくらいの区画に分かれていました。係員はいないらしく、3つの入り口のどこからも車は自由に入れるようでした。

ですから、どこに空きスペースがあるのかも分からず、どれかの区画に入って自分で探すしかありません。しかし、どの入り口にも何台かの車が入り切れずに待っている状態でした。

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家族を先に降ろして場所取り

「まいったなー」などと言い乍ら、とりあえず空いていそうに見えた一番奥の区画に並んでいました。順番が来て、区画の中に入って行こうとしていると、私たちの後に付いた車から、母親と中学生ぐらいの女の子が降りて、駐車場の中へ走って行きます。「何だろう?」と見ていると、空いている所を見つけたらしく、白線の枠の中に2人で立って場所取りをしたのです。

その区画には空いている場所はそこしかなく、私たちは仕方なくそこから出て、別の区画に並びなおしました。少し悔しさはありましたが、確かにそうでもしないと、駐車場の外からはどこに空きスペースがあるのか良く分かりません。係員がいないので、先に入った車が駐車できるとは限りません。後から来た車でも、運が良ければ先に停められます。

別の区画でも何人か先に人を下ろして場所を探しに行きました。「後から来た人が先に場所を取っていく」と思うと、黙って見ていられず、「うちもそうしよう」と、私が先に降りて駐車場の中へ入りました。

運良く隅の方に1台空いたのを見逃さず、私はその枠の中に立って、車の方へ合図を送りました。

しかし、そこへ1台の黒いワンボックスカーが表れました。確かセレナかノアだったと思います。20代中頃の男の人が、「おばさん、危ないからどいて!」と手でどくような仕草をしました。私は思わず、「先に来ているから!」と答えました。

まさか先に枠の中に入っているのを見て、どけという人がいるとは予想していませんでした。その時は自分がルール違反をしていると思っていませんでした。現に、私たちも後から来た人に先を越されていましたから。

「早い物勝ち」がこの場所のルールと思っていたのです。

駐車場で権利を実行できるのは人でなく車

しかし、その若い男の人は確信を持った言い方で続けました。「駐車場は人がいる所じゃないから。駐車場は車を停めるところだから。危ないから早くどいて!」

そういうと、その車はゆっくりバックして入ろうとします。私も、納得がいかないので、「他の人もそうしているから!」と抵抗しましたが、車は無視するようにゆっくり入って来ます。

私は諦めて枠の外へ出ましたが、悔しさがこみ上げて来たので、運転席に近づくと、その男の人も降りてきました。意外と冷静な表情で、「ここは駐車場だから。人間が立っているところじゃないから」と諭すように言いました。

私も「他の人もやってるから」と言いかけましたが、その根拠に説得力がないのを自分で感じ始めていました。

他の人もやってるは弱い

ワンボックスからは、赤ちゃんを抱えた若い奥さんが降りてきました。奥さんの表情は、気まずそうに見えました。「理屈っぽい夫は、いつもこうなの。すみません」という表情に私には見えました。

確かに私にも、理屈っぽい考え方をする人に感じました。おそらく、ほとんどの人は、駐車する枠の中に先に人が立っていたら、「先に取られちゃった。残念。」ぐらいの反応で、多少悔しくても、敢えて事を荒立てない選択をするのではないでしょうか?私もそうでした。

「他の人がどうだとか関係ないです。ここは駐車場。車を停めるところで、人が立っているところじゃないです。」冷静で確信に満ちた主張に、私も感化され始めました。「確かに・・・」

原則が一番強い

私が納得したのが分かると、男の人も優しい目つきになり、「うちも、もうずっと他の駐車場をたらい回しにされて、やっとこの駐車場に来たんです」と、苦労したことを漏らしました。若い夫婦と赤ちゃんの3人の姿を見て、つまらないことで向きになった自分が情けなくなりました。

「どうもすみませんでした。あなたの言い分の方が筋が取ってるね」私はそう言って、その場を離れ自分の車の方へ戻りました。

それから直ぐに、自分たちも駐車することが出来ました。

私は花見の最中も、駐車場での事を考えていました。「私には、あんな風に堂々と自分の意見を言うことはできない」若い人に教えられて、なんだか自分が悔しくて、小さく思えました。

同時に、どんな時でも原則は強いんだと思いました。私のようにその場の状況に自分を合わせてしまうと、いつのまにか原則から外れてしまいます。その場しのぎの言い訳で誤魔化そうとします。私などはそれで誤魔化されてしまいますが、一番強いのは原則を貫ける人です。

そういう人に私もなりたいと思いました。ただ、あっちこっちで、ぶつかるだろうな、とも思いました。

私は知りませんでした。最近「車中泊禁止」の看板を表示する道の駅が出てきているようなのです。余程目に余るマナー違反をする利用者が常態化して来ていると思われます。

一体どんなマナー違反をしているのか?道の駅側が「車中泊禁止」に踏み切るには、相当な決断があったはずですから。

私の親戚のある夫婦は、子育ても終わって、ワンボックスの軽自動車で車中泊の旅行を楽しんでいます。

車中泊を始めた10年程前は、今のような本格的なブームになる前でしたので、どの道の駅に行っても余裕で駐車出来たそうです。

ドライブを楽しむ人たちのための道の駅が、まるで敵対するような態度に出たのはどうしてなのか?私はとても気になりました。

私は、一部の確信犯だけでなく、知らずにマナー違反をしている善意の利用者が増えて来たのではないかと推測します。

親戚の夫婦によれば、最近では車中泊をする車が増え、遅い時間に行くと満車になっている場合があるそうです。利用者が増えれば、質の低下が起きるのも自然な流れのような気もします。

知らないことから起きる不幸は、知ることで少しでも減るのではないか?少なくとも善意のマナー違反者にとっては。

道の駅での「嫌われる車中泊」を調べていくうちに、道の駅から「嫌われない車中泊」の姿が浮かび上がって来ました。2つの違いを知ることが、道の駅を末永く利用するための必要条件です。

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「車中泊禁止」の実態

車中泊禁止(湯沢温泉村)

<出典画像『車中泊禁止(野沢温泉村)』https://syachuhaku.fxtec.info/index.php?車中泊禁止の道の駅>

道の駅側の車中泊する人たちへの本音としては、

  • 「施設を利用しゴミを増やすだけでお金にならない」
  • 「お金を落としてくれる利用者の邪魔になっている」

ということのようです。気持ちはよく分ります。

車中泊禁止(ぱぱすランドさっつる)

<出典画像『車中泊禁止(道の駅パパスランドさっつる)』https://syachuhaku.fxtec.info/index.php?車中泊禁止の道の駅>

ただし、車中泊禁止の看板は掲示されていても、車中泊をしている車を取り締まるような行為はなく、利用者のモラルに訴えかけるにとどめているようです。

車中泊禁止の看板も、撤去されたり、文字を消したり流動的で、道の駅側の苦悩も伺えます。それでも全体的には、車中泊禁止の看板を掲示する道の駅が増えつつあるのは確かなようです。

車中泊禁止を掲示するに留める理由

道の駅側としての「本音」はビジネスで営利を求めます。道の駅の認可の権限をもっている国土交通省も、道の駅側の立場も考慮しているのが分かります。車中泊をして良いかの質問に以下のように答えています。

「道の駅」は休憩施設であるため、駐車場など公共空間で宿泊目的の利用はご遠慮いただいています。

もちろん、「道の駅」は、ドライバーなど皆さんが交通事故防止のため24時間無料で利用できる休憩施設であるので、施設で仮眠していただくことはかまいません。<出典:『「道の駅」駐車場での車中泊は可能ですか?』https://www.mlit.go.jp/road/soudan/soudan_03_04.html

ただし、「宿泊目的の利用」という表現で、「車中泊」という言葉は解答の中に使っていません。さらっと書いているようで、相当吟味して答えています。

「車中泊」を全否定してしまうと、語弊が生じると判断したと思われます。「車中泊」には「休憩」から「車上生活」(キャンピング)まで、幅広い意味が含まれているからです。

「宿泊目的」は「車上生活」を指すのでしょう。道の駅としても、「宿泊目的」=「車上生活」としての「車中泊」を締め出したいのであって、「休憩」としての「車中泊」まで規制出来ないジレンマがあるのです。だから、「車中泊禁止」の看板を掲示するだけに留めているのです。

道の駅の設立目的の中に問題の根が

道の駅の設立目的を見ると以下のようになっています。

道路を利用する人へのサービスと、道の駅の運営側への利益を目的にしているのです。

従って、道の駅の一方的な利益だけを主張するのは限界があります。道の駅には、道路利用者へのサービスの義務があります。「車中泊」と、一括りで利用者の行動を決めつけることができないのです。

ですから、「車中泊禁止」と単純に看板によって利用を規制するのは、行き過ぎた行為とも言えます。「車中泊」の中のある部分、「宿泊目的」=「車上生活」(キャンピング)しか、規制することが出来ないはずなのです。

この動画の作者の主張が、現在の道の駅と利用者の関係や、あるべき関係を良く言い表しています。

<出典動画:『車中泊禁止の真実をお話します【道の駅】』YouTube>

いわゆる車中泊のイメージ

道の駅から車中泊が嫌われ出したのは、道の駅側の求める車中泊のイメージと、利用者の車中泊に抱くイメージが食い違って来たからではないのか。

「車中泊」という言葉からは、車の中で生活するイメージを受けます。おそらく、それは「泊まる」という意味から来ているのでしょう。

「泊まる」には、そこで顔や体を洗ったり、歯を磨いたり、飲んだり食べたりする、「生活」を含めて思い描くのが自然です。

熊本地震の際にも、段ボールで仕切られた避難所の体育館でなく、倒壊した自分の家の側や、避難所の敷地に置いた車の中で寝泊まりする人が大勢いました。

「車中泊」には、家に代わって車の中で生活するイメージが付きまといます。おそらくこれは、とても自然なことで、間違った理解ではないはずです。

道の駅で嫌われる車中泊

「車中泊」自体には何の罪もなく、問題はその場所に相応しい「車中泊」かどうかです。「車中泊」のTPOです。

車中泊一般でなく、「道の駅での」車中泊が嫌われているのは、どんなことなのか?道の駅での車中泊の実態を調べてみました。一部の人達でしょうが、凄いことになっていました。

洗面所で炊事や洗濯をする人

<出典画像:『洗面所での警告』https://blog.goo.ne.jp/yadokari274/c/c6381b9acdf3a2d7992c5f4b0f7cb8f5

洗面所で調理をしたり、使った食器を洗ったり、汚水をそのまま流したりしている人たちがいるそうです。

手や顔を洗ったりするのが洗面所です。ドライブの疲れを取るために、歯を磨いたり、口をすすいだり、うがいをするのは許される行為です。

少し広げて、頭や身体や足を洗うのはどうでしょうか?その場合は、タオルを濡らして、車の中で行うべきです。シャンプーなどを使用するのは行き過ぎです。

洗面所で行き過ぎた「生活」をすべきではありません。

食器を洗ったり、料理の準備をしたりするのは論外です。そういう「生活」をするのであれば、車の中で完結すべきです。

そして、車の中で行った「生活」から出た汚水やゴミは持ち帰るべきです。

車の周りで食事やバーベキューをする人

<出典画像:『道の駅でバーベキュー』http://mks0223.blog.fc2.com/blog-entry-480.html

車のバックドアを開けて屋根代わりにして、その周りに椅子やテーブル、コンロ、食器などの道具を出して、食事やバーベキューなどをするのも完全にマナー違反です。

駐車スペースの中で収まっていても、煙やにおい、騒音などの実害だけでなく、車外での食事には、必ずゴミが発生し、その生活ゴミを家庭に持ち帰りたくない誘惑を助長します。

このような車外の食事やバーベキューは、洗面所での調理や洗い物のマナー違反と結びつきやすいです。

また、それを見た人達の中に、真似をしてみたいと思うマナー違反者の予備軍を増産する悪影響が考えられます。

施設の電気を無断で使用する人

キャンピングカーの電源を確保したり、照明器具、ドライヤー、スマホの充電のための電源に利用します。

仮眠のためでなく、車上で生活するために電気を使うのは、道の駅の目的外の行動です。

延長コードなどを用意している人達もいるそうです。

連続して駐車場を占有する人

連泊や長期滞在して駐車場を占有する人。その道の駅を観光などの行動の基点にして、宿泊費用を節約するためです。

ただ、営業時間内は出かけて、営業時間外に戻って仮眠のために2,3日駐車するのはどうなのか?他の利用者の場所を奪わない限り許されるようにも思うのですが、どうでしょう?何カ月も利用し続けるのは問題と思いますが。

<出典画像:『長期間の利用禁止』https://blog.goo.ne.jp/mesureo02030403/e/65630fd3139ca6435803818483d96134

上の画像からは、推測ですが、「長時間」を「長期間」(時を期に修正)に修正したと思われます。休憩は時間で規定できませんが、不当な連続使用は、期間で規定できると考えたのではないでしょうか。

道の駅の苦心が垣間見えます。期間とは日数単位ですから。道の駅が想定しているマナー違反は、相当の日数を滞在する人達と思われます。

洗濯物を干す人

<出典画像:『道の駅で勝手にキャンプ』http://blog-imgs-35.fc2.com/c/a/b/cabcon/otDSCN4255.jpg

車と近くの電柱や植木などにロープを渡して、洗面所で洗濯した衣類を干します。

洗濯ものを干している景観から、車上生活が許されるような誤解を、他の利用者に与えることになります。

また、洗濯物に使う水を調達するところ、汚れを落とした水を捨てるところは、施設の洗面所を使う可能性が高いので、これも利用者の目的外になります。

車中泊で出た生活ゴミを捨てて行く人

<出典画像:『月曜日の朝6時の道の駅』https://plaza.rakuten.co.jp/sakamotodayori/diary/201407090000/

ゴミの捨て方は微妙です。私もまだ確信の持てる回答はありません。言えるのは、要するに程度問題ではないかと考えています。

家庭から持って来た生活ゴミを捨てるのは、明らかなマナー違反です。ドライブ中に出たゴミに限定されるべきです。ゴミの量的な制限を設けたいはずですから。

道の駅に来るまでのドライブ中に飲んだペットボトルなどを、ゴミ箱に捨てるのは許されると思っています。道路を走行していた間に出たゴミという解釈で良いと思います。

仮眠中に、車の中で食べたり飲んだりしたものは、ドライブ中のゴミでなく、生活で出たゴミです。車の中とは言え、生活ゴミは捨てるべきでないと考えます。

ただ、道の駅の自販機で買ったペットボトルなどは、道の駅の利益にもなっているので捨てるのは問題ないはずです。

敷地内にテントを張る人

<出典画像:『道の駅でのテント』https://www.bing.com/th?id=OIP.y7obdDTGoAnw6Muse1IU6wHaFj&pid=Api&rs=1&p=0

キャンプ場と取り違えた論外の行為です。道の駅を公園や河原のように捉えているのかも知れません。

芝生の上でなく、車の隣の駐車スペースを堂々と占拠するような行為は、これからは出来にくくなるのではないかと思います。

オートバイや自転車で旅をする人たちが、敷地内にテントを張って宿泊する様子も多く見られます。私は個人的には、敷地の片隅で野宿する、こういう二輪の旅人には寛大であって欲しいと思うのですが・・・。

<出典画像:『道の駅での野宿』https://piiiiiiiii.exblog.jp/5744827/

道の駅で認められているのは仮眠

国土交通省の説明にもあった通り、道の駅ではドライブの疲れを取ってもらうための仮眠をしてもらう場所です。問題は、仮眠の中にどのような行為まで含まれるかという点です。

道の駅の主旨は、「24時間休憩を取れる施設」です。利用する時間帯の制限はありません。いつでも休憩して良いのです。休憩の中には仮眠も含まれます。

そうは言っても、最近の車中泊ブームで混雑した状況では、仮眠はなるべく営業時間を避けた利用が望ましいです。

仮眠の中の許容範囲の行為

仮眠をするためには、それに付随する行為も必要です。空腹では眠れないだろうし、仮眠の前後には歯を磨いたり、顔を洗いたくなります。

ですから、直接仮眠とつながる行為は許されるはずです。ただし、他人の仮眠の妨げになるような行為は許されません。従って、食事も車内で完結すべきです。

昼間であっても、誰かが仮眠をしていると考えれば、車外でバーベキューなどをして騒げないことが分かります。

嫌われない車中泊の姿

  1. 仮眠のために駐車する。なるべく営業時間外で利用する。
  2. 食事などの生活行為は車内で完結する。
  3. 話し声や音楽などの音は車外に漏らさない。
  4. 車中泊中に出た生活ゴミ、汚水は持ち帰る。
  5. キャンピング行為(テント、バーベキュー、炊事洗濯など)は禁止。

道の駅は、安全のためにドライブの疲れを癒してもらいながら、同時に地域の活性化を促す目的を持った施設です。

利用する側は疲れを癒す範囲の節度を持ち、提供する側は利益だけを求めない寛容さが必要です。

今は利用する側の方が、より多くの心遣いが求められています。

妊娠したら車の運転は止めるべきか、続けても大丈夫か、迷う人は多いと思います。

誰に訊いたとしても、その人の立場によって返って来る答えは違います。親などの身内は即座に、「危ないから止めろ」と言い、医師に相談すれば、「おすすめしないが自己責任で」という無難な答えが返ってきます。

経験者のアドバイスは経験の内容で異なり、「産気づいたまま病院まで運転した」という強者(つわもの)から、「妊娠が分かった時から止めた」という慎重な人まで様々です。

車を使わないと生活が成り立たない環境の人にとっては、運転を直ぐに止める選択肢は困難な場合も多いと思います。

運転を止めるにしろ続けるにしろ、最終的に判断するのは自分自身です。止めるのも続けるのも、どの時点からというタイミングで決めたいという考え方もあります。

自己責任で選択するにしても、判断材料が欲しくなります。運転を止めるのか続けるのか?いつ止めるのか、いつまで続けるのか?どんな判断材料があれば決断しやすいのでしょうか?

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判断する視点

人によって体質も性格も違います。生まれつき丈夫な人や虚弱な人、楽天的な人や神経質な人など様々です。

「妊娠したら運転はどうする?」かの、万人に適した答えはありません。自分で判断するしかありませんが、どこを見て判断したらよいのかという視点はあります。

個人の体調で判断する

先天的にしろ後天的にしろ、体質や体調は千差万別です。同じ人でも時と場合によっても異なります。

「車は神経を使うからお腹の子に良くない」という一般論は、建前としてはもっともですが、神経を使うことは他にも沢山あって、個人にとっての説得力のある選択材料にはなりにくいのです。

自分が運転を止めるか、続けるかの判断をするには、その時点の自分の体調を見て決めるべきです。平均的体調とか固定的体調などというものはなく、体調はどれも個人的で常に変化しています。

自分の、その時点の体調に従って判断すべきです。

自信の有無で判断する

自信は多くの困難を乗り越えさせます。しかし、自信は誰でも、いつでも湧いてくるものではありません。もともと運転に自信がなかったり、体調に自信がなければ持てません。

体調だけの判断でなく、妊娠しても運転する自信があるかどうかも、判断の拠り所にするべきです。妊娠していても、その時点で運転に自信を持てている状態かは重要です。

体調に問題がなくても、自信のない行動は事故につながる可能性を高くします。

運転する距離や目的地、乗り慣れている車かどうかでも自信は変わってきます。一般論でなく、個人的なその時点の自信の有無によるのです。近くのスーパーだけ行く、病院だけ行くなど、運転する場面も、ケースバイケースで選択しても良いのです。

他人がどう思うかでなく、自分が自信を持てるかどうかで判断します。母親が不安になることが、胎児には一番良くない事ですから。

止めるか続けるかの判断材料

それでは、具体定な判断材料を見ていきましょう。

アンケート結果に納得できるか?

多数決や他人の意見の割合で自動的に決めるわけではありませんが、経験者達がどういう行動を選択したのかを知ることは参考になります。相談する人が少ない人にとっては、自分の選択を後押しする材料にもなり得ます。

『たまごクラブ』『ひよこクラブ』を出版しているベネッセが、3,779人を対象に2018年3月に実施した「妊娠中に車の運転した?」というアンケートを基に、0~5歳児ママの回答を再集計したものがあります。(出典:『「妊娠中に車の運転した?」』https://st.benesse.ne.jp/ninshin/content/?id=23804

妊娠中に車の運転してた?

第1位よく運転していた370人(44.8%)
第2位妊娠中は運転しなかった217人(26.3%)
第3位たまに運転していた115人(13.9%)

約6割近くの人が妊娠中に運転をしています。運転をしない選択をした人も、3割近くいることも確かです。

妊娠中の運転、いつごろまでしていた?

第1位妊娠中に運転したことはない281人(34.0%)
第2位出産直前まで267人(32.3%)
第3位妊娠後期(8カ月~10カ月)まで191人(23.1%)

1番目の質問と多少矛盾するように見える数値がありますが、約6割近くの人が妊娠後期まで運転していて、約3割が妊娠中には運転しなかったという割合では一致しています。

妊娠中で運転ができないとき、誰に頼んでた?

第1位620人(75.1%)
第2位実父母294人(35.6%)
第3位公共交通機関を利用158人(19.1%)
第4位タクシーを利用131人(15.9%)

もし、夫や実父母の協力が得られないとしたら、妊婦自ら運転することを選択するしかない状況が分かります。

約6割の人が、妊娠中に運転する選択をし、約3割の人が運転をしない選択をしたことが分かります。

経験者たちの選択の割合を、自分の個人的な選択の判断材料として、自分が納得する解釈で利用すれば良いと思います。どちらも、確実な割合としてあるのですから。

地域にもよりますが、妊娠の初期から、あるいは途中から、運転をしないで「陣痛タクシー」などのサービスを利用する選択肢もあります。

<出典動画:『緊急時も安心! 陣痛タクシーの使い方』YouTube>
参考:「陣痛タクシー」日本交通

妊娠全般の不安を打ち消せるか?

妊娠中はホルモンの関係で、眠気を催したりイライラすることが多くなり、運転中のとっさの判断力や瞬発力が鈍る恐れがあります。

また妊娠中の貧血や高血圧の症状のために、運転中に突然、頭痛やめまい、吐き気などを起こす可能性もあります。

妊娠初期の不安を打ち消せるか?

妊娠5週目(2ヶ月)から妊娠14週目(4ヶ月)までは、ホルモンのバランスが大きく変化して、体調を崩しやすく、流産しやすい時期です。

突然の眠気に襲われることも多く、運転に集中することが難しい時期でもあります。

つわりによる体調不良で、運転中に吐いてしまうようなことも起こり得ます。往きはなんともなくても、帰りにつわりが始まって苦労することもあります。

家の中では問題ないのに、車に乗ると貧血気味になったり、つわりの症状が出る人もいます。

妊娠中期の不安を打ち消せるか?

妊娠15週目(5か月)から27週目(7カ月)は安定期ですが、車の振動によって、お腹が張ったり、腰痛の症状が表れたりする時期です。振動による切迫早産の可能性も出てきます。

動作が遅くなったり、注意力が散漫になり、信号無視や事故を起こす可能性も次第に高まってきます。

目で確認しているのに、直ぐにブレーキを踏めなかったり、ハンドル操作が遅れてしまうことも起こりやすくなってきます。

妊娠後期の不安を打ち消せるか?

妊娠28週目(妊娠8ヶ月)以降はお腹も大きくなり、普通に動くだけでも大変になってきます。疲れやすく集中力が低下しやすい時期です。

妊娠後期に入ると、出血・子宮収縮・破水などがいつ起こってもおかしくありません。

貧血も起こりやすく、お腹も張りやすくなり、運転中に目の前が真っ暗になり、冷や汗が出てくることもあります。

お腹が大きく膨らんでくると、後ろを振り向いたり、前をのぞき込んだりして、安全を目視で直接確認することが出来にくくなります。

ブレーキを掛ける時に、腹圧が上がりやすくなります。シートの背もたれを後ろへ倒して、腹圧が掛からないようにする方法も考えられますが、体形によっては、かえってペダルに足が届きにくくなり、余計に腹圧がかかってしまうこともあります。

お腹のせいでブレーキに足が届かなくて、もう少しでぶつかりそうになったとか、ハンドルが回しにくくなった、足がつりやすくなったという経験者の声もあります。

予定日2週間ぐらい前からは、破水、切迫早産、陣痛が起こる可能性が高くなってきます。

後悔しない覚悟があるか?

  • 何かあった時、自分の選択に後悔しないか?
  • 医者や他人の忠告に従っておけば良かったと後悔しないか?
  • 医者や他人のせいにしないで、自分の責任だと言える覚悟はあるか?

危険に備えた自己責任

勿論、合併症や切迫流産・切迫早産などの危惧のある妊婦は運転すべきではありません。悩んでいる人の多くは、そういうことを承知の上で決めかねていると思います。

妊娠中に車を運転するかしないかは、どこまでいっても個人の判断で、結果は自己責任です。

体調に問題もなく、運転に不安のない人と、どちらか、あるいは両方に自信がない人との判断は違ってきます。

自宅で安静にしていてもトラブルになる場合もあり得るし、ハードな運転をこなしてしまう人もいます。私は、体調と自信の視点から、決断をすれば良いと考えます。

そして、体調や自信は常に変化するので、その都度、選択の確認をする必要があります。

もし運転することに決めた場合でも、同時に危険に備えておくことが、自己責任のある選択だと思います。

妊婦のシートベルトのかけ方

道交法(道路交通法施行令第26条第3の2項)では、妊婦がシートベルトを着用しなくても許される条件を、「妊娠中であることにより座席ベルトを装着することが療養上または健康保持上適当でない者が自動車を運転するとき」と定めています。

条文からすれば、お腹が大きくなってからを想定していますが、実際には妊婦の自己判断に委ねざるを得ません。他人が見た目だけで決めつけることは出来ません。

日本産科婦人科学会の見解は、「シートベルトが腹部を横断しないように着用すれば母体と胎児への交通事故時の障害を軽減できる」のように、シートベルトの着用を勧めています。

実験映像を見ると、妊婦であってもシートベルトの着用は必要であることが実感出来ます。

<出典動画:『妊婦のシートベルト着用効果実験』YouTube>

時速40㎞でも、シートベルトを装着していないと、腹部がハンドル下の部分に潜り込んで衝突してしまうことがよく分ります。

着用は免除され得るとは言え、安全のためには着用すべきです。問題は「腹部に掛けない」ことです。妊婦の正しいシートベルトの着用の注意点は以下の通りです。

  • 肩ベルトは鎖骨の中央、左右の乳房の中央を通り、腹部に掛からないようにする。
  • 腰ベルトは腹部を避け、腰の出来るだけ低い位置を通す。
  • 両ベルトの捻じれと緩みがないようにする。

<出典動画:『03シートベルトの正しい装着方法』YouTube>

シートベルトでお腹を圧迫すると、お腹の中の胎児も苦しいのか、動きまわるのを感じることがあります。

マタニティシートベルトの利用

腰ベルトをより安全な位置に固定して使うための補助具が市販されています。「マタニティーシートベルト」と呼ばれる補助具です。

座席に置くクッションのフックに、股の間から腰ベルトをひっかけて、両方の太ももを固定します。腰の位置に掛けるよりも、もっと下の太ももに掛けることでお腹を圧迫しないようにしています。

<出典動画:『タミーシールド マタニティシートベルト補助具』YouTube>

<参考:マタニティシートベルト一覧(Amazon)>

常時携行するもの

  • 保険証と母子手帳
  • レジ袋とウエットティッシュ
  • ビニールシートとナプキンとバスタオル
  • マタニティマーク

<出典動画:『【妊娠中】車移動!これを準備していました』YouTube>

事故や突然具合が悪くなった場合に、保険証と母子手帳があると、どの病院でも診察を受けられて、救急隊員にそれまでの経過を伝えることが出来ます。

つわりや吐き気に襲われた時、いつでも手の届くところにレジ袋やウエットティッシュを用意しておきます。

破水や出血があった場合に備えて、座席にビニールシートや赤ちゃんのおねしょシートを敷いたり、ナプキンやバスタオルを用意しておきます。

妊婦であることを示すマタニティマークは、自治体や駅、雑誌の付録、市販などで手に入りますが、車に張り付けるタイプのものもあります。

バスや電車の中などでマタニティマークを付けていると、不妊や子供のいない人から、嫉妬の暴力を受けたという事例もあります。

車に張り付けた場合には、乗り物の中でのトラブルのようなことは少ないと思います。身障者用の駐車スペースを利用出来る場合や、運転中に体調が悪化した場合に救急隊員に示せるメリットがあります。

次の動画は、車に張り付けるタイプのマタニティマークに、マグネットを貼って、取り外し可能なように作った事例です。

<出典動画:『マタニティマーク おなかに赤ちゃんがいます マグネット ステッカー(車用) 』YouTube>

<参考:マタニティマーク一覧(Amazon)

最善のルートを選択

近道よりも、振動が少ない道路や、運転しやすいルートを走るようにします。

砂利道よりも舗装された道路、曲がりくねった道や、一時停止して左右の確認が必要な道よりも、信号機のある広めの道路を走る方が、身体も精神的にも負担がかかりません。

買い物でも、利用しやすい駐車場、段差などの振動が少ない駐車場のある店舗を優先的に選択します。

食料品の買い物は、妊娠と出産の期間だけ、生協などの宅配サービスを利用して、運転しなければならない回数を減らす選択肢もあります。

通勤する場合にも、普段より時間に余裕を持って、気分が悪くなって途中で休むことが出来るようにします。

妊婦の正しい運転姿勢

  • 深く腰掛け、背もたれに背中を付けた状態で、ブレーキペダルを奥まで踏めること。
  • 背もたれに背中を付けた状態で、ハンドル操作が出来る事。
  • お腹とハンドルが近すぎていないこと。
  • 運転中も、背持たれから背中を離さないようにすること。

 

<出典動画:『02妊婦さんの運転姿勢』YouTube>

長時間運転は避ける

やむを得ず長距離を運転する場合には、小まめに休憩を取ります。お腹が張ったり、眠気を感じたら直ぐに身体を休めます。

運転中にお腹が張ってきて痛みを場合には、出血がしていないことを確認して、座席を倒して休むようにします。

「名古屋走り」という言葉を聞いたことはありますか?

私は知りませんでした。偶然知ったのですが、今時そういう、地方特有の「運転マナー」が存在することに驚きました。

昔、関西方面のそうした評判があったことは知っていましたが、車社会が均一化した現在も、そういうローカルルールみたいなものが残っているとは信じられませんでした。

もっとも、そういった風評は部分的な現象で、全体を表わすものではないとは思います。何度か大阪や神戸周辺を運転したこともありますが、特別な違和感を持ったことはありませんでしたから。

しかし、一部に「名古屋走り」と特別視したくなるような現象は確かにあるようで、多くの人の見聞がうかがえます。

私も興味があって「どんな運転をするのだろう?」と見てみました。最初は「名古屋人はしょうがないなあ」と他人事でしたが、次第に「私も同じことをしていた・・・」に変わりました。

県民性とかで片付く問題でなく、個人的な「欲」が原因だと反省しました。「名古屋走りは」私の中にもあったのです。

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こんな名古屋走りは私はしない!

全国的知られている「名古屋走り」には、「いくら何でもそこまではしたくない」という運転の仕方があります。

<出典動画:『名古屋走り#1 交通事故死数12年連続ワースト1位の実力』YouTube>

ウインカーを出さない

都市部では、左車線に駐車している車を避けるために、右側車線へ進路変更する際にウインカーを出さない場面が多く、郊外では右左折の際にウインカーを出さない傾向を指摘されています。

県内のドライバー間では意思疎通ができているので、前を行く車の動きを予想して、車間距離をとって警戒しながら運転しているようです。

<出典動画:『暴走名古屋走り タント現れる』YouTube>

直進車線からの右左折

ウインカーを出せば、直進車線からの右左折が普通の行為として横行しているようです。

ウインカーを出さない車に慣れているので、ウインカーを出すのは特別な明示行為なので、周囲の車には良く分かってもらえることと決めつけて運転しているに違いありません。

ウインカーさえ出せば、何でも出来る万能の免罪符のように見えます。

車線またぎ

名古屋の都市部では道幅が広く車線が多いので、左車線に駐車する車も多いため、左車線と右車線の両方にまたがって走るのが普通の行為になっているようです。

駐車している車を避ける度に右側に膨らむのが面倒なので、ずっと2車線をまたいだままにして、後ろの車に入られないように自分のスペースを確保したい心理が働いているのでしょう。

車線またぎが日常化してくると、駐車している車がない道路でも当たり前のように行う車も出て来て、タクシーなども進路変更がしやすくなるためか、車線をまたいで走ることが多いようです。

<出典動画:『名古屋走りというよりほとんど逆走』YouTube>

左車線は追い越し車線

車線またぎと関係しますが、都市部で左車線に駐車する車が多いため、左車線を走るのを避ける車も多いので、かえって左車線が空いている状況が生まれます。

そこへ我先にと考えている車が、追い越し車線のように、右側の斜線の車よりスピードを出して走る光景が見られます。

当然車線またぎの状態で速度を上げて走るので、自転車やバイクとの接触だけでなく、駐車している車から降りようと空けたドアとの衝突の危険性もあります。

ただし、高速道路での路肩走行は、渋滞の際には関東でも普通にみられる光景です。日常化していない点が異なります。

歩道を左車線のように使って、追い抜いていくドライバーもいます。

<出典動画:『これぞ名古屋走り!信号で停車中反対車線&歩道Wで追い抜き。無茶苦茶です。』YouTube>

車間距離のない割り込み

左車線を追い越し車線のように速度を上げながら、車線をまたいで走り、そのままウインカーも出さずに、スペースがなくても強引に右車線に割り込む場面や、右折車線が混雑して直進車線を塞いでしまっている時、左車線に無理に割り込む場面などが見られます。

車間距離がない場合でも、強引に割り込めば、後ろの車の方が察して譲ってくれるという、暗黙の了解があるようです。

ドライバーどうしの意識の共有があるので、ウインカーを出さなくても、後ろの車は前の車の動きの予測ができ、前の車も強引に割り込むことに、後ろめたさを感じることが少なくなっているのです。

<出典動画:『急に車線変更・名古屋走り[ドライブレコーダー映像]』YouTube>

車間距離を詰めて煽る

他人より少しでも先に行くことに優越感を覚えることが、日常化されると、感情を伴わなくても、速くいくことが当たり前になっていきます。

自分の車の前にスペースがあれば進み、前の車が自分の前に立ちふさがれば、ギリギリまで詰めてから我慢できずに追い越して行きます。追い越せなければ煽り続けます。

自分の前にスペースが空くことが罪悪のよう感じて、誰よりも先を急ぐことが、全員の目的であるかのような共通の価値観を持っています。車間距離を空けるのは、運転が下手な人のすることという認識です。

<出典動画:『【カオス】原付に煽るアルファードにそれを煽るハイエース』YouTube>

右折車を追い越して右折

前の右折待ちしている車に、「自分なら行けるのになぜ行かない!」と感じた後続車が、先頭の右折車を追い越して右折するケースです。

先頭の右折車と接触することも、横断中の歩行者に気がつかない可能性もあります。大変危険な行為ですが、「誰よりも速く行きたい」、「他人のために無駄な時間を取られたくない」、「自分の方の運転が優れている」といった、多様な心理が働いています。

私は関東圏に生活していますが、この恐ろしい行為を、今までで2回ほど見たことがあります。「自分の運転が上手いと思ってやってるんだろうなあ」「そこまでして先に行きたいのかなあ」と思って眺めていました。

<出典動画:『右折待ちを追い越して右折して行った車』YouTube>

対向車線を逆走しての右折

片側1車線の道路で、渋滞している先の路地で右折したい場合、対向車線を逆走してまで、速く右折しようとする車があります。

対向車と鉢合わせになっても、自然な行為のように右折していきます。アンビリバボーな世界です。

<出典動画:『「また名古屋走りの怖さを知ってしまった・・」 投稿動画に驚きの声』YouTube>

右折フェイント

直進車線が混んでいる時に、右折車線で行けるところまで進み、直進車線の前の方で強引に割り込む行為です。

また、右折車線のまま交差点に進入してから、交差点の中で直進車線に入ってこようとする行為もあります。

この行為を最も奇異に感じて、最も名古屋走りらしくを感じました。「ここまで、自分のために都合よく何でも利用するのか!」と思いました。

<出典動画:『待ち:GW名古屋走り!?会社看板の車で、右折レーンからの割込みスゴイな!』YouTube>

信号無視

<出典動画:『トヨタ キャミ これぞ名古屋走り(-_-)【ドライブレコーダー】』YouTube>

●赤になってからの右折の続行

交差点の中に右折車が残るのは邪魔になるので、赤信号になりかけの右折はどこでも見られますし、私もそうしています。

しかし、名古屋走りのそれは度を越しています。赤信号に変わってから右折しようと飛び込んで来る車が何台も続き、青信号になっても直進車は右折が終わるのを待ってくれています。

●赤に変わる瞬間まで直進

<出典動画:『信号無視 右折できない 名古屋走り ドライブレコーダー』YouTube>

「黄色はスピードを上げて交差点を速く通過せよ」と認識しているようで、黄色で停車する車は、後続車に抜かされていきます。

赤に変わる瞬間までは、直進するのが当たり前になっています。「黄色は止まれ」と認識している車への追突や、青信号で渡り始める歩行者への接触も危惧されます。

黄色信号で止まっている車を追い越してまで直進する車もいます。アンビリバボー2。

<出典動画:『名古屋走り 小ネタ』YouTube>

●右折矢印が出ている間の左折

進行方向の右折矢印が出ている間は、当然対向車線の右折矢印も出ているタイミングなので、左折する車と鉢合わせになる可能性が高いのですが、「ラッキーな空白の時間」とでも考えているのでしょうか、隙あらば狙っていく精神なのか、他では見られない現象です。

速度超過

トヨタ自動車のおひざ元らしく、道路が整備されて、車線の多い広い道路なので、比較的渋滞が少ないこともあって、自然と制限速度を大きく超えて走る車の割合が多いようです。

しかし、スピード違反は全国的に見られる行為で、名古屋特有の印象はありません。

もし特徴があるとするなら、他の地域ではあまり見かけないような、普通の主婦がものすごいスピードで走り抜けていく、みたいな傾向でしょうか。

合流で譲らない

少数意見とは思いますが、合流で譲ろうとしない人が多いというものがありました。

私は合流で譲ってもらえなかった経験はほとんどありません。譲り合う必要のある合流地点は、双方の速度も落ちているところです。お互いのドライバーの表情が確認できるので、あからさまな態度はしづらいと思います。

名古屋走りと決めつけるには、まだ確証がありません。

名古屋走りは中国や台湾でも見たことがある

「路上はレースコース」「1㎜でも先に行くものが勝者」

こういう印象を受ける運転マナーを、私は中国や台湾で見た経験があります。

二十年近く前の台湾。特に台中から台南にかけての交通マナーは酷いものでした。バイクに家族全員乗せているのではと思えるような光景や、赤信号でも四方八方から車やバイクが押し寄せてきました。

道路を一人では渡れなくて、日本からの旅行者が数人ずつ手をつないで渡ったことを覚えています。

しかし、先日訪れた台湾では、オートバイこそ洪水のように走っていますが、みんな2段階左折(台湾は右側通行なので)で、きちっと交差点を左折していました。

十数年前の中国のいくつかの都市を訪れた時は、台湾と同様に信号を守らないドライバーが多く、歩行者より車を優先する社会に驚きました。

車線変更でウインカーを出す車は皆無で、どの車もレースをしているように、少しでも隙間があると前に出ようと争っていました。それでも、最近の様子は、ウインカーを出す車も多くなり、信号は守るようになりました。

そういう体験も含めて名古屋走りを思うと、名古屋走りは人の欲望があからさまに表れている状態のように感じます。

自分勝手な運転は、車が少ない内は良いかも知れませんが、車が増えてくると、「やっぱりルールを決めて走った方が、安全で効率がいい」というところに落ち着くはずです。

いずれは姿を消すと思いますが、車の保有台数全国1位の愛知県で、しぶとく名古屋走りとして存続し続けるのは、道路事情だけでなく、もっと奥の深い原因があるのかも知れません。

この名古屋走りを私もしていた!

名古屋走りと言われる運転はまだあります。今まで見て来た名古屋走りは、「私はしていないし、これからもする気はない」と言い切れるものでした。

しかし、これから取り上げる名古屋走りは、他人事ではなくなりました。私も同じことをしていたか、その誘惑に惑わされることがあるものです。

右折の早曲がり

こちらが右折をしようとしている場面で、対向する直進車や左折車よりも先に右折してしまう行為です。

信号が青になる前からいち早く飛び出そうと待ち構えています。時には、フライング気味に走り出してしまいます。

私も大きな交差点などで、毎回ではありませんが、やっていた経験があります。誰かがやっていたのを見ていて、「ああ、こういうやり方もあるのか」と真似したのです。

急いでいる時など、今でも早曲がりをすることがあります。横断しようとする歩行者に気がつかないのが最も危険なことで、反省して、今後はこの行為は慎むようにしなければなりません。

<出典動画:『【名古屋走り】右折優先!?』YouTube>
<追記>2019/05/17
右折の早曲がりは、「伊予の早曲がり」、「茨城ダッシュ」などと呼ばれるものと同じです。左折する車に紛れて右折するのを、「松本走り」、「山梨ルール」などとも呼ばれています。自分の中にも目に見えない間違ったルールが出来ていました。この記事を書いた後、各地で子供たちが犠牲になる事故の報道が続いています。改めて猛省したいと思います。

歩行者軽視

自動車学校で、歩行者を優先するように指導されました。いつの間にか、横断しようとしている歩行者を見かけても、素通りしてしまうことが多くなりました。

後続車がなくて、横断しようとする歩行者とアイコンタクト出来た時などは、こちらも停まることもあります。

しかし、横断させることが出来た場面でも、自分の車を優先させてしまう自分がいることには変わりません。

初心に帰って、もう少し歩行者に優しいドライバーにならなければいけないと反省します。

信号無視への誘惑

名古屋走り程ではありませんが、黄色から赤に変わる時に、「速く先に行きたい」誘惑にかられて、危険な行為をすることもあります。

黄色の信号を止まれと思うより、速く行けという衝動に負けてしまうことがあるのです。

私の中の「他人より速く行きたい」という欲

愛知県民はプライドの高い性格という評判があります。推測するに、他人の車より遅く走ることは、そういうプライドを刺激するのかも知れません。

しかし、それは県民性でなく、誰もが持っている我儘な価値観のように思えます。

私も思い当たることがあります。

  • 後ろの車が車線変更して私の車より前に行った時。
  • 煽った軽自動車が追い越して行った時。
  • 右折で後ろの車から「遅い」と思われたくない。

愛知県の交通事故の死者数は減少傾向にありますが、2018年まで16年連続で全国最多の交通事故死者数の記録を更新してもいます。

死亡事故の特徴としては、

  • 交差点内で、
  • 横断中の、
  • 高齢者が、 最も多く犠牲になっています。これは、「名古屋走り」の特徴から導かれるような犠牲者に思えてなりません。

私も加害者になりたくないので、私の中に潜んでいる「名古屋走り」の欲が噴出さないように、肝に銘じて反省します。

  • 「ノロノロ走るな、前の車をさっさと追い越せ!」
  • 「こんな狭い道でそんなにスピードを出すな!」
  • 「どうしてこんな遠回りの道を選ぶんだ!」

自分は運転が上手いと自負している夫にありがちなのですが、普段は穏やかな夫でも、助手席に座った途端、妻の運転に文句を付けたがります。

運転に限りませんが、他人に文句をつけるのは、自分の方が他人より優れているという心理の表れです。

運転する妻に文句を言うのは、普段の生活の中で、妻に抱いている不満が溜まっている可能性があります。

家庭の中では優位に立てないので、妻が運転する時に生じる優位性を無意識に感じ取って、ここぞとばかりに不満のエネルギーを発散させようとするのです。

プライドの高いであろう夫の自尊心に、真っ向から反発するから喧嘩になってしまうのです。楽しいドライブが最悪の雰囲気にならないようにする方法がないか考えてみました。

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夫の優越感に逆らわない

男尊女卑を奨励するわけではありません。目的は、楽しいドライブを不快な時間にしないため、喧嘩になるのを回避することです。運転中の空間の中に限った対処の仕方です。

仕事や日常生活の中で押さえつけられたり、傷つけられたりしていると思われる夫にとって、数少ない欲求不満の発散の場が、妻が運転する車の助手席です。

この場は夫にとって、傷ついた自尊心を回復する時間と空間です。それを、夫の勝手な言い分と非難するのは簡単ですが、何も解決しません。

例え理不尽な関係であったとしても、夫の心の健康を癒すためと考えれば、許せることではないでしょうか?

夫婦どドライブする車の中の空間は、裁判所の法定ではないのです。どちらが正しいとか、どちらに真理があるかを決着する場ではありません。家庭の平安と夫婦の幸福を保つ場です。

運転に文句を言う夫を見て、「ああ、この瞬間に夫の傷ついたプライドが癒されているのだ」と思って、素直に従っているのがお互いのためなのです。

法廷で厳しく追求してくる検察官に、反論しようとする弁護士のようになってはなりません。車の中は成否を論ずる場ではなく、平安を求める場なのです。

夫の自尊心が治癒されることを願って、文句を有難く拝聴しましょう。

運転中は教官と生徒に徹する

当然妻にも自尊心があります。運転に関しても、自分なりの自負心はあります。譲れない一線というものもあるでしょう。あるいは、自分の方が夫より運転は上手いと思っているかも知れません。

「うるさいわね、そんなこと分かっているわ!」

「自分だって下手な癖に、言うだけなら誰でも出来るわよ!」

などと反発する気持ちはもっともです。とても理解できます。しかし、反発は良い結果を招きません。ここは、運転する妻の方が折れて、家庭の幸福のために自己犠牲の精神を発揮しましょう。

表面上は夫に華を持たせるのです。西遊記のお釈迦様のように、夫を掌の上で操ります。夫に勝を譲って、平安を得るのです。小さなどうでも良い優越感を差し出して、大きな価値のある幸福を手に入れます。

そのためには、自動車教室のように、助手席の夫を指導教官、運転する自分を生徒と見立てます。中には腹の立つ意地の悪い教官もいますが、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と、あるいは「大したことはない、大したことはない・・・」と心の中で唱えながら、頭の上をやり過ごします。

どんなに腹の立つ文句や要求であっても、「はい」「分かった」と答え、心の中では、自分の怒りを鎮めるのです。

心の中で、「クソ教官様、私の掌で気の済むまでわめいていなさい」と呟きましょう。

反論は車から降りた後にする

夫の文句に対して、当然、疑問や反論も出てくるでしょう。そういう場合は、運転中に反論してはいけません。

どんなに正当な反論であっても、むしろ正当な反論である程、夫の自尊心を損ない、気分を害することになります。

運転中は一瞬の判断や操作が影響します。そういう緊張した空間の中では、冷静に反論を受け入れる余裕がありません。普段は穏やかな人でも、運転すると人が変わったように乱暴な振る舞いをする人がいます。それは、大げさに言えば命に係わる運転の緊張状態から生じます。

助手席の夫も、運転する妻も、緊張状態の中にいます。ちょっとした不用意な言葉使いが、相手の機嫌を損ねる原因になりかねません。

反論や疑問が生じたら、車を降りた後、食事などの落ち着いた場で、冷静に、穏やかに問いかけるのが良いでしょう。

そこでも、喧嘩になりそうになる場合には、妻の方が大人になって、子供の夫を憐れんで、負けた振りをして夫を癒してあげることで家庭の平安を守ります。

最も大切なことは、妻のプライドより、家庭の幸福なのですから。夫の小さなプライドなど、家庭の平安に比べたら取るに足らないことです。

指摘されたことを冷静に反省してみる

これは妻自信が一人で行うべきことです。夫の文句の中にも、冷静になって振り返って見れば、もっともなこともあるはずです。

  • 左折の巻き込みを確認していない。
  • 一時停止が中途半端だ。
  • カーブミラーをよく見ていない。

自分の運転の中に隠れているもので、普段は自分では気がつかない小さなことを、夫の目には危険な運転に映っている場合があります。

夫に腹を立てる気持ちが、そういう貴重な指摘を軽視することのないようにしたいものです。

助手席の夫の態度は、そうそう変わるものではありません。歳をとる程、口うるさくなる可能性もあります。

普段の夫と、車の助手席の夫とを、頭の中で割り切って区別することです。夫の不満を一方的に受けるサンドバッグになるつもりで、あるいは怪我をした患者を介護する看護師になったつもりで、弱くてもろい夫を癒してあげましょう。

良い悪いではなく、家庭の平和、幸福のためです。

運転すること以外の生活の場で、妻のプライドを回復する場面は、いくらでもあるのですから。

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