バック駐車が苦手から得意になった30代主婦のメモ

バック駐車が苦手だった30代主婦が運転が得意になったコツのメモ

カテゴリ: 運転心理

事故を起こしやすい人は注意をしていないのではなく、注意の払い方に無駄があるのではないでしょうか?

私は免許取り立ての頃、後ろから来る車がとても気になって、ルームミラーばかり覗いていました。そうすると、前方や左右への注意が欠けて、はっとした経験があります。

運転が苦手な人程、注意に費やすエネルギーは多いはずです。ただ、そのエネルギーが無駄に使われているのではないかと感じます。

人間の多くの行動は、8対2の割合が自然な現象として説明されています。例えば、100人の会社で、80人はあまり会社に貢献しておらず、20人が会社を支えている。その20人を分離して1つの集団にすると、その中の80%を除いた20%が集団を支える、といった類のものです。

この8対2の割合を、車を運転する時の注意に応用したら良いのではないかという提案です。8対2という割合は、バランスの取れた黄金律のように感じるからです。
adorable-1850465_640

運転中は8対2の割合で注意する

直進している時の注意の割合

直進している時には、80%は正面前方に、20%を左右後方に注意を注ぐという考え方です。そして大事なことは、直進している間はその割合を固定して、首を回して横を見たり、ルームミラーで後ろをずっと見ていたりしないことです。

常に前を向いたまま80%の意識を保ち、左右や後方の気配を残りの20%の範囲内で感じるのです。正面を見ている視界の端の方で20%を感じ取る感覚です。これが直進している時の注意の割合です。

左折する時の注意の割合

左折する時は、80%を左後方、左側面に注を注ぎます。大事な点は残りの20%は前方に持ち続けなければならないことです。

横断歩道を右奥から渡って来る人や自転車がある場合もあります。対向車が割り込んでくる場合もあります。100%左側に注意を向けては危険です。20%は正面に残しておく意識が必要です。

右折する時の注意の割合

右折する時は正面の対向車や、正面からこちらに向かってくる横断者や自転車に80%の注意を注ぎます。残りの20%は右後方から横断しようと近づいてくる人や自転車への注意です。

つい先日、恐ろしい場面を目撃しました。その時私は歩行者で、歩行者用の信号は赤なので立ち止まっていました。目の前には右折待ちの車が、直進してくる対向車をやり過ごしていました。

右折車線の先頭に軽自動車、その後ろはダンプカーです。ダンプカーは前の軽自動車を追い越して、凄いスピードで右折していきました。「こういう人、本当にいるんだ」と驚きました。

もし、軽自動車が同じタイミングで右折しようとしたらどうなっていたでしょう。右折の時でも前方だけに注意していては危険です。

夜間や雨の時の右折で、右後方から走ってきて横断しようとする自転車もあります。私も経験があります。夕暮れの交差点を右折しようとしていた時、黒い服装をした無灯火の自転車が、全速力で横断歩道を右後方から走り抜けていきました。

バック駐車する時の注意の割合

駐車場や車庫にバック駐車する場合には、左右と後方に80%の注意を注ぎます。しかし、20%の注意は前方に残しておかなければなりません。前方を横切る人や自転車、車もあるからです。

左右のサイドミラーやバックモニター、ルームミラーを確認する時も、視野の20%の領域は正面に維持しておきます。ぼんやりとした情景でも良いので、視野の隅に残しておきます。

このように運転中の注意の割合を決めておくと、不必要にキョロキョロしたり、神経を使う割には効率の悪い安全確認にならずに済みます。

まとめ

簡単にまとめれば、正面を向いている時には正面に80%、正面以外を向いている時には正面に20%の注意を残すということです。

カーナビを見る時も、100%見てしまわないで、20%は視界の端に正面を意識します。

厳密には、瞬間的に正面の景色が視界から消える場面はあります。ただ、20%正面を見ていなければならないという意識があると、空白の時間は非常に短くなります。

●1か所に100%の注意を注がないこと。
●正面から目をそらす場合でも20%の意識を残すこと。
●正面を見ている時は、20%を正面以外に注意を向けること。




車が好きなわけではないけど、みんなが取るからと免許を取り、家族も友人たちも車を乗るのが当たり前と思って、何事もないように上手に運転している。

それに比べて自分は、

  • 狭い道で擦れ違う車や飛び出た電柱が怖い。
  • 側道から大通りへ合流するのが怖い。
  • タイミングよく右折するのが怖い。
  • 駐車場に止めるのが怖い。
  • 車線を変えるのが怖い。

怖い物だらけで、家族から買い物や遊びに行くので車に乗せて欲しいと言われるのも苦痛になっていく。免許なんか取らなければ、もっと呑気に生活できたのにと、こんんな風に思っていませんか?

人に相談すれば、「慣れだよ」の一言で終わってしまう。その慣れるまでの勇気が出ない。運転しようとするモチベーションが起こらない。それよりも怖い気持ちの方が強い。だから、いつのまにか運転しなくなっていく。でも、このままペーパードライバーになってしまうのも避けたいと思っている。だから、どうしていいか分からない。

私も貴女と同じでしたから良く分かります。そんな私からのささやかなアドバイスです。

BlogPaint

今でも運転は怖い

運転が怖いという感覚は今も変わりません。感覚自体は最初の頃と変わりません。ただ、怖いという感覚の受け止め方が違ってきていると思います。

怖い⇒運転したくない

という基本的な感情は心の底流には今も流れています。でも、その流れの上の方に、新しい流れが出来ているように感じます。その上を流れるのは、

怖い⇒そのために気を付けることをする⇒安全に運転できる⇒運転をしても平気

こんな意識が流れています。

これは技術的に問題を解決する方法です。それとは別に、心理的にも解決する必要があります。

怖いから下手なのではない

運転が怖いと極度に感じる人は、他人と比較して自分を過小評価する傾向が強いような気がします。私がそうですから。

どちらかというと完璧主義者で、同時に劣等感を持ちやすい性格です。「どうして、他の人のように出来ないんだろう?」と悩み、自己嫌悪に陥るタイプです。

でも、ものには両面があります。劣等感は工夫の母です。出来る人が感じない事を感じて、疑問に思って、どうすれば出来るようになるか、しつこく追及する長所にもなります。

たっぷり自己嫌悪に浸った後は、そこから這い上がる方法を、ネチネチ探るいやらしい根性を発揮しましょう。

周りを冷静に見渡してください。本当は上手でもないのに、マナーも碌に守ってないのに、堂々と運転をしているけど実際は下手な人が大勢います。

<出典動画:『【ドライブレコーダー】DQN寄せ集め!#8 あおり運転、危険運転、無謀運転、他【Mad Driver】【Drive recorder】』YouTube>

他人より自分が少しでも速く行きたい、他人よりも自分が少しでも得をしたいという欲望がむき出しになるのが運転です。私でも同じです。でも、恐怖心があると、ブレーキを掛けてくれることはメリットでもあるのです。

世の中には、下手でも威張る様に運転している人もいるのです。運転が怖いと思う心があると、良いドライバーになれる資質もあるのです。

自分は他人より運転が下手だという厳密な根拠はないのです。自分より下手なのに上手いと勘違いして乱暴な運転している人が多いのですから。

ですから、怖いから下手に違いない、怖いから周りに迷惑を掛けるのではないかとは、まったく思う必要がないのです。

怖いと思うのは悪いことではありませんし、怖くなくなる必要もないのです。怖いと思う気持ちにコンプレックスを抱かなくて良いのです。むしろ、怖い気持ちを大事にして欲しいくらいです。怖い気持ちを運転向上のエネルギーにしてください。これで心理的な問題は解決してください。

後は技術的に解決する方法です。

怖いと感じる原因を探る

運転が怖いのは、車を思い通りに操作できないからです。普段は自分の身体を自由に使って、無意識に動作を行っています。運転する時は、自分の身体の外側に車という機械を操って動作させる必要が出てきます。この操作が自由に出来ないから怖いのです。

なぜ操作出来ないかをもっと突き詰めると、 私は3点あると思います。

  • 車の外側がどこまであるか分からない。(車両感覚)
  • 車を横に移動させる操作ができない。(幅寄せ感覚)
  • どうすれば安全を確認できるか分からない。(安全感覚)

この3点を抑えられれば、怖い気持ちの上に安全運転の技術を覆いかぶせることが出来ます。

車両感覚は、車の前後左右の端がどこまであるのか、運転席から見た目安で感じる感覚です。知識的に知る方法はあります。
参考『エヌボックスやノアに乗ってた人がレクサスを運転する時に注意する事』

バック駐車や縦列駐車の要点は、突き詰めると車を横に移動させる操作です。車を前後に真っ直ぐ移動させることに苦労する人はいません。難しいのは横に移動させる操作、幅寄せの技術です。
参考『バック駐車で切り返しができない主婦は接触事故を起こす理由』

安全に裏付けされた運転をするには、安全を確認しながら運転するルーチン(習慣化された動作)を身に付けることです。
参考『車線変更と合流が怖い主婦の悩みを解決する1つのアドバイアス』
参考『【仮説】バック駐車で車を傾ける目安は内側でなく外側後輪か角では?』

安全運転の技術を身に付ける練習

怖いから下手なのではありませんが、何も工夫しなければ下手のままで終わってしまいます。怖さに備えた安全運転の対策が工夫になります。安全運転の技術は知識だけでは中々身に付きません。やはり練習が必要になります。

安全運転が出来るだけで、運転は上手くなります。多くの人は、安全運転から遠ざかる程、上手くなったと勘違いしますから。

車両感覚と幅寄せ感覚を同時に身に付ける方法

運転席から見た感覚で、車の前後左右の端がどこまであるのか身に付ける練習方法です。この方法は同時に幅寄せの操作も習得できます。

練習する場所が必要になります。車や人通りのないある程度のスペースがあって、壁かフェンスがある場所です。壁やフェンスがなければ段ボールなどを置いて代用します。

前後の車両感覚の練習

車のライトを点けて、壁に少しづつ近づきます。ライトの光の輪は壁に近づくほど小さくなっていきます。練習でぶつけてはまずいですが、ぶつかる程近づくと光の輪はかなり小さく濃くなるので、安全な距離が分かります。バックの時は、ルームミラー、サイドミラー、あるいはバックモニターの見方の練習にもなります。

左右の車両感覚の練習

壁を横にして、少し離れた位置から幅寄せして壁に近づけていきます。幅寄せは前進とバックそれぞれで行います。運転席側と助手席側の双方でも行います。

壁に幅寄せする練習は、バック駐車や縦列駐車の練習でもあります。バックの時にはサイドミラーを見る訓練にもなります。また、実際の駐車場での切り返しで、ハンドルをどっちに回したら良いのか分からなくなるということがなくなります。

安全確認のルーチンを身に付ける方法

安全を確認するやり方が、一定していなくて、その都度まちまちだから不安なのです。左折する時はこの手順、右折はこの手順、車線変更、合流、擦れ違いと、安全確認が必要とされる場面で、安全を確認するルーチンを自分で決めておきます。

決めたルーチンを身に付けるには、実際の運転の中で、声に出すのです。同乗者が居て声に出せない時は、心の中でつぶやきます。

電車のホームで駅員が指さし確認をしていますが、あれも安全確認のルーチンです。ルーチンは習慣になれば、楽で確実な方法なのです。以下は例です。

  • 左折の時は、「信号青よし」「巻き込みよし」「歩行者よし」
  • 右折の時は、「信号青よし」「前よし」「歩行者よし」
  • 車線変更の時は、「合図よし」「ルームミラーよし(後ろよし)」「サイドミラーよし(横よし)」
  • 合流の時は、「合図よし」「サイドミラーよし(右よし、or左よし)」
  • 擦れ違いの時は、「左よし」「待機」(左に寄り、対向車をやり過ごすのを基本にする。対向車が先に左に寄って譲ってくれた場合には、左側の電柱や壁などの障害物と対向車の中間に視点を向けて通過する。隙間が通れそうもない時は進まずに停車する)

自動車学校で習ったことを思い出して、安全のために自分なりのルーチンを決めてください。決めたら、それを声に出して動作をします。安全に裏打ちされたルーチンだと信じて運転します。

心理的にも技術的にも、怖いと思う原因を見つけて、怖い感覚を消すのではなく、仲良く付き合いながら、安全を優先した工夫を考えて、練習を繰り返す。以上が私から貴女へのアドバイスです。今の自分への戒めでもあります。

 

 

私も車線変更と合流が苦手でした。
免許を取って、一人で運転してみて、一番怖く感じたのが車線変更と合流です。

運転は自分が思っている以上に性格を反映します。引っ込み思案で遠慮がちな性格の私は、隣の車の流れの中に割り込 んだり、脇道から幹線道路に合流する時に躊躇してしまうのです。

自分が割り込まれたり、合流されたりする側になる場合には、それほど不快を感じることはないのですが、自分が入っ ていく側になると、途端に臆病になってしまうのです。

そんな私でも、車線変更や合流が苦にならなくなったコツがあります。これは私が想いついたものではなく、何かの本 か記事で読んだのを実践してみたのですが、私にもスムーズに入って行くことが出来たので、誰でも有効な方法だと思い ます。

相手に迷惑をかけるのじゃないか、ぶつかったら怖い、という消極的な運転を、迷わない積極的な運転に変えてくれま す。

*ここで取り上げる合流は、一般道での合流を想定しています。高速道路への合流は、基本的には共通ですが、高速へ 合流の場合にはその前段階からの準備が必要になります。参考 『いつ入ればいいか分からない!本線へ安全にうまく合流するコツは?』

BlogPaint


車線変更と合流が怖い原因

車線変更と合流が怖い原因は1つしかあり ません。割り込むスペースがない恐怖です。後 から分かること ですが、そう思い込むことによる恐怖です。

車線を変更しようとして、サイドミラーを見ると、隣の車線は車が一杯で割り込む隙間があ りません。合流地点に近づ いて行くと、本線は次から次に車が流れていて入れません。焦って、無理やり割り込もうとすれば、クラクションを激し く鳴らされてドキドキしてしまいます。

割り込むスペースがないという原因を解決すれば、車線変更や合流が苦手でなくなることになります。

割り込むスペースを作る2つの方法

「割り込む」というのは、スペースがないところへ強引に入り込むイメージですが、そうではなく、スペースを作って 安全に入ることを目指します。そのためには2つの方法が必要です。

真っ先にウインカーを出してしまう

BlogPaint

割り込まれて一番不愉快で怖いのは、ウインカーを出さないか、出しても直後に入ってくる車です。

運転は不思議なもので、立場が変わると相手側の立場を忘れてしまうのです。割り込む時には割り込まれる方のことを 忘れがちになります。私のように相手側のことばかり気にするのも問題ですが、気にしなさ過ぎるのも問題です。

割り込まれる方も、ウインカーを出された時点ではスペースはなくても、余裕のある合図の出され方をすれば、自然に スペースを空けるのです。私もその立場になった時は、当たり前のようにそうしているのです。それなのに、いざ割り込 む側になると遠慮したり、反対に強引になってしまうのです。

BlogPaint

解決するのは簡単で、その時点で割り込む スペースがなくても、ウインカーで合図を出してしまうのです。そうすれ ば、後ろの車はスペースを空けてくれます。合図を出して直ぐに割り込んではいけません。規則で3秒以上というルール もありますが、空けてくれたのが確認できるまでそのまま待ちます。それから安全に入っていけばよいのです。

合図は空いてから出すのではありま せん。合図を出してスペースを作るのです。

最 初の頃の私はサイドミラーを見ながら、少しでも空くのを待ち続け、その瞬間を捉えて合図を出すというような、とても 運任せの車線変更をしていました。車線変更出来ずに、一つ先の交差点まで遠回りしてしまったことが何回もありまし た。

合図を出しても中には無視する車もあります。その時は、空けてくれない車を先に行かせます。その次の車は空けてく れます。合図を出して直ぐに割り込むと、割り込まれた側はそれだけで不快になります。合図の後、割り込まれる側の譲 る気持ちが起きるのを待つだけで、お互いが気持ちよくコミュニケーションできるのです。

前の車の後輪と自分の車の前輪を合わせる

BlogPaint

割り込むこちら側にも入り方の努力が必要です。いくらスペースを空けてくれたからといって、タイミングの取り方が 悪いと、空けたスペースをまた元に戻されてしまう場合があります。空いたスペースに素早く入るようにしなければなり ません。それにはコツがあります。

空いたスペースの中に入っていくというよ りも、入りたいレーンの前を走る車の後輪に、自分の車の前輪を並行させるよ うにして、前の車のスピードに自分の車のスピードを合わせます。こうすることで、いつでも前の車の後ろへ回り込む準備ができるのです。

そのままの状態を保ちながら、空きスペースが出来るのを待ち、タイミングを見て前の車の後ろに回り込むように入っていきます。ですから、空いたスペースの中間へ入るイメージと いうよりも、前の車の後へ流れ込んでいくイメージです。

BlogPaint

この時、割り込まれる側から見ると、自分 の直ぐ前に入ってくるというより、少し離れた前を走る車の左からつながって入ってくるように感じます。前の車と自分 の車の間に、横から割り込まれたというより、前の車の斜め後から下がって来たという印象になります。この僅かな違いが、割り込まれる側に 安心感を与えます。この微妙な努力が大事な のです。

スペースがない時に、先に合図を出してしま うこと、入る時はスペースの中間に入るのでなく、前の車の後ろに回り込むようにする。この 2つの動作は、ほとんど同時進行で行います。この2つのコツを使って、「スペースを作る」車線変更と合流を試してく ださい。きっと前とは違うものを感じ取ることが出来ます。


「名古屋走り」という言葉を聞いたことはありますか?

私は知りませんでした。偶然知ったのですが、今時そういう、地方特有の「運転マナー」が存在することに驚きました。

昔、関西方面のそうした評判があったことは知っていましたが、車社会が均一化した現在も、そういうローカルルールみたいなものが残っているとは信じられませんでした。

もっとも、そういった風評は部分的な現象で、全体を表わすものではないとは思います。何度か大阪や神戸周辺を運転したこともありますが、特別な違和感を持ったことはありませんでしたから。

しかし、一部に「名古屋走り」と特別視したくなるような現象は確かにあるようで、多くの人の見聞がうかがえます。

私も興味があって「どんな運転をするのだろう?」と見てみました。最初は「名古屋人はしょうがないなあ」と他人事でしたが、次第に「私も同じことをしていた・・・」に変わりました。

県民性とかで片付く問題でなく、個人的な「欲」が原因だと反省しました。「名古屋走りは」私の中にもあったのです。

classic-car-584118_640

こんな名古屋走りは私はしない!

全国的知られている「名古屋走り」には、「いくら何でもそこまではしたくない」という運転の仕方があります。

<出典動画:『名古屋走り#1 交通事故死数12年連続ワースト1位の実力』YouTube>

ウインカーを出さない

都市部では、左車線に駐車している車を避けるために、右側車線へ進路変更する際にウインカーを出さない場面が多く、郊外では右左折の際にウインカーを出さない傾向を指摘されています。

県内のドライバー間では意思疎通ができているので、前を行く車の動きを予想して、車間距離をとって警戒しながら運転しているようです。

<出典動画:『暴走名古屋走り タント現れる』YouTube>

直進車線からの右左折

ウインカーを出せば、直進車線からの右左折が普通の行為として横行しているようです。

ウインカーを出さない車に慣れているので、ウインカーを出すのは特別な明示行為なので、周囲の車には良く分かってもらえることと決めつけて運転しているに違いありません。

ウインカーさえ出せば、何でも出来る万能の免罪符のように見えます。

車線またぎ

名古屋の都市部では道幅が広く車線が多いので、左車線に駐車する車も多いため、左車線と右車線の両方にまたがって走るのが普通の行為になっているようです。

駐車している車を避ける度に右側に膨らむのが面倒なので、ずっと2車線をまたいだままにして、後ろの車に入られないように自分のスペースを確保したい心理が働いているのでしょう。

車線またぎが日常化してくると、駐車している車がない道路でも当たり前のように行う車も出て来て、タクシーなども進路変更がしやすくなるためか、車線をまたいで走ることが多いようです。

<出典動画:『名古屋走りというよりほとんど逆走』YouTube>

左車線は追い越し車線

車線またぎと関係しますが、都市部で左車線に駐車する車が多いため、左車線を走るのを避ける車も多いので、かえって左車線が空いている状況が生まれます。

そこへ我先にと考えている車が、追い越し車線のように、右側の斜線の車よりスピードを出して走る光景が見られます。

当然車線またぎの状態で速度を上げて走るので、自転車やバイクとの接触だけでなく、駐車している車から降りようと空けたドアとの衝突の危険性もあります。

ただし、高速道路での路肩走行は、渋滞の際には関東でも普通にみられる光景です。日常化していない点が異なります。

歩道を左車線のように使って、追い抜いていくドライバーもいます。

<出典動画:『これぞ名古屋走り!信号で停車中反対車線&歩道Wで追い抜き。無茶苦茶です。』YouTube>

車間距離のない割り込み

左車線を追い越し車線のように速度を上げながら、車線をまたいで走り、そのままウインカーも出さずに、スペースがなくても強引に右車線に割り込む場面や、右折車線が混雑して直進車線を塞いでしまっている時、左車線に無理に割り込む場面などが見られます。

車間距離がない場合でも、強引に割り込めば、後ろの車の方が察して譲ってくれるという、暗黙の了解があるようです。

ドライバーどうしの意識の共有があるので、ウインカーを出さなくても、後ろの車は前の車の動きの予測ができ、前の車も強引に割り込むことに、後ろめたさを感じることが少なくなっているのです。

<出典動画:『急に車線変更・名古屋走り[ドライブレコーダー映像]』YouTube>

車間距離を詰めて煽る

他人より少しでも先に行くことに優越感を覚えることが、日常化されると、感情を伴わなくても、速くいくことが当たり前になっていきます。

自分の車の前にスペースがあれば進み、前の車が自分の前に立ちふさがれば、ギリギリまで詰めてから我慢できずに追い越して行きます。追い越せなければ煽り続けます。

自分の前にスペースが空くことが罪悪のよう感じて、誰よりも先を急ぐことが、全員の目的であるかのような共通の価値観を持っています。車間距離を空けるのは、運転が下手な人のすることという認識です。

<出典動画:『【カオス】原付に煽るアルファードにそれを煽るハイエース』YouTube>

右折車を追い越して右折

前の右折待ちしている車に、「自分なら行けるのになぜ行かない!」と感じた後続車が、先頭の右折車を追い越して右折するケースです。

先頭の右折車と接触することも、横断中の歩行者に気がつかない可能性もあります。大変危険な行為ですが、「誰よりも速く行きたい」、「他人のために無駄な時間を取られたくない」、「自分の方の運転が優れている」といった、多様な心理が働いています。

私は関東圏に生活していますが、この恐ろしい行為を、今までで2回ほど見たことがあります。「自分の運転が上手いと思ってやってるんだろうなあ」「そこまでして先に行きたいのかなあ」と思って眺めていました。

<出典動画:『右折待ちを追い越して右折して行った車』YouTube>

対向車線を逆走しての右折

片側1車線の道路で、渋滞している先の路地で右折したい場合、対向車線を逆走してまで、速く右折しようとする車があります。

対向車と鉢合わせになっても、自然な行為のように右折していきます。アンビリバボーな世界です。

<出典動画:『「また名古屋走りの怖さを知ってしまった・・」 投稿動画に驚きの声』YouTube>

右折フェイント

直進車線が混んでいる時に、右折車線で行けるところまで進み、直進車線の前の方で強引に割り込む行為です。

また、右折車線のまま交差点に進入してから、交差点の中で直進車線に入ってこようとする行為もあります。

この行為を最も奇異に感じて、最も名古屋走りらしくを感じました。「ここまで、自分のために都合よく何でも利用するのか!」と思いました。

<出典動画:『待ち:GW名古屋走り!?会社看板の車で、右折レーンからの割込みスゴイな!』YouTube>

信号無視

<出典動画:『トヨタ キャミ これぞ名古屋走り(-_-)【ドライブレコーダー】』YouTube>

●赤になってからの右折の続行

交差点の中に右折車が残るのは邪魔になるので、赤信号になりかけの右折はどこでも見られますし、私もそうしています。

しかし、名古屋走りのそれは度を越しています。赤信号に変わってから右折しようと飛び込んで来る車が何台も続き、青信号になっても直進車は右折が終わるのを待ってくれています。

●赤に変わる瞬間まで直進

<出典動画:『信号無視 右折できない 名古屋走り ドライブレコーダー』YouTube>

「黄色はスピードを上げて交差点を速く通過せよ」と認識しているようで、黄色で停車する車は、後続車に抜かされていきます。

赤に変わる瞬間までは、直進するのが当たり前になっています。「黄色は止まれ」と認識している車への追突や、青信号で渡り始める歩行者への接触も危惧されます。

黄色信号で止まっている車を追い越してまで直進する車もいます。アンビリバボー2。

<出典動画:『名古屋走り 小ネタ』YouTube>

●右折矢印が出ている間の左折

進行方向の右折矢印が出ている間は、当然対向車線の右折矢印も出ているタイミングなので、左折する車と鉢合わせになる可能性が高いのですが、「ラッキーな空白の時間」とでも考えているのでしょうか、隙あらば狙っていく精神なのか、他では見られない現象です。

速度超過

トヨタ自動車のおひざ元らしく、道路が整備されて、車線の多い広い道路なので、比較的渋滞が少ないこともあって、自然と制限速度を大きく超えて走る車の割合が多いようです。

しかし、スピード違反は全国的に見られる行為で、名古屋特有の印象はありません。

もし特徴があるとするなら、他の地域ではあまり見かけないような、普通の主婦がものすごいスピードで走り抜けていく、みたいな傾向でしょうか。

合流で譲らない

少数意見とは思いますが、合流で譲ろうとしない人が多いというものがありました。

私は合流で譲ってもらえなかった経験はほとんどありません。譲り合う必要のある合流地点は、双方の速度も落ちているところです。お互いのドライバーの表情が確認できるので、あからさまな態度はしづらいと思います。

名古屋走りと決めつけるには、まだ確証がありません。

名古屋走りは中国や台湾でも見たことがある

「路上はレースコース」「1㎜でも先に行くものが勝者」

こういう印象を受ける運転マナーを、私は中国や台湾で見た経験があります。

二十年近く前の台湾。特に台中から台南にかけての交通マナーは酷いものでした。バイクに家族全員乗せているのではと思えるような光景や、赤信号でも四方八方から車やバイクが押し寄せてきました。

道路を一人では渡れなくて、日本からの旅行者が数人ずつ手をつないで渡ったことを覚えています。

しかし、先日訪れた台湾では、オートバイこそ洪水のように走っていますが、みんな2段階左折(台湾は右側通行なので)で、きちっと交差点を左折していました。

十数年前の中国のいくつかの都市を訪れた時は、台湾と同様に信号を守らないドライバーが多く、歩行者より車を優先する社会に驚きました。

車線変更でウインカーを出す車は皆無で、どの車もレースをしているように、少しでも隙間があると前に出ようと争っていました。それでも、最近の様子は、ウインカーを出す車も多くなり、信号は守るようになりました。

そういう体験も含めて名古屋走りを思うと、名古屋走りは人の欲望があからさまに表れている状態のように感じます。

自分勝手な運転は、車が少ない内は良いかも知れませんが、車が増えてくると、「やっぱりルールを決めて走った方が、安全で効率がいい」というところに落ち着くはずです。

いずれは姿を消すと思いますが、車の保有台数全国1位の愛知県で、しぶとく名古屋走りとして存続し続けるのは、道路事情だけでなく、もっと奥の深い原因があるのかも知れません。

この名古屋走りを私もしていた!

名古屋走りと言われる運転はまだあります。今まで見て来た名古屋走りは、「私はしていないし、これからもする気はない」と言い切れるものでした。

しかし、これから取り上げる名古屋走りは、他人事ではなくなりました。私も同じことをしていたか、その誘惑に惑わされることがあるものです。

右折の早曲がり

こちらが右折をしようとしている場面で、対向する直進車や左折車よりも先に右折してしまう行為です。

信号が青になる前からいち早く飛び出そうと待ち構えています。時には、フライング気味に走り出してしまいます。

私も大きな交差点などで、毎回ではありませんが、やっていた経験があります。誰かがやっていたのを見ていて、「ああ、こういうやり方もあるのか」と真似したのです。

急いでいる時など、今でも早曲がりをすることがあります。横断しようとする歩行者に気がつかないのが最も危険なことで、反省して、今後はこの行為は慎むようにしなければなりません。

<出典動画:『【名古屋走り】右折優先!?』YouTube>
<追記>2019/05/17
右折の早曲がりは、「伊予の早曲がり」、「茨城ダッシュ」などと呼ばれるものと同じです。左折する車に紛れて右折するのを、「松本走り」、「山梨ルール」などとも呼ばれています。自分の中にも目に見えない間違ったルールが出来ていました。この記事を書いた後、各地で子供たちが犠牲になる事故の報道が続いています。改めて猛省したいと思います。

歩行者軽視

自動車学校で、歩行者を優先するように指導されました。いつの間にか、横断しようとしている歩行者を見かけても、素通りしてしまうことが多くなりました。

後続車がなくて、横断しようとする歩行者とアイコンタクト出来た時などは、こちらも停まることもあります。

しかし、横断させることが出来た場面でも、自分の車を優先させてしまう自分がいることには変わりません。

初心に帰って、もう少し歩行者に優しいドライバーにならなければいけないと反省します。

信号無視への誘惑

名古屋走り程ではありませんが、黄色から赤に変わる時に、「速く先に行きたい」誘惑にかられて、危険な行為をすることもあります。

黄色の信号を止まれと思うより、速く行けという衝動に負けてしまうことがあるのです。

私の中の「他人より速く行きたい」という欲

愛知県民はプライドの高い性格という評判があります。推測するに、他人の車より遅く走ることは、そういうプライドを刺激するのかも知れません。

しかし、それは県民性でなく、誰もが持っている我儘な価値観のように思えます。

私も思い当たることがあります。

  • 後ろの車が車線変更して私の車より前に行った時。
  • 煽った軽自動車が追い越して行った時。
  • 右折で後ろの車から「遅い」と思われたくない。

愛知県の交通事故の死者数は減少傾向にありますが、2018年まで16年連続で全国最多の交通事故死者数の記録を更新してもいます。

死亡事故の特徴としては、

  • 交差点内で、
  • 横断中の、
  • 高齢者が、 最も多く犠牲になっています。これは、「名古屋走り」の特徴から導かれるような犠牲者に思えてなりません。

私も加害者になりたくないので、私の中に潜んでいる「名古屋走り」の欲が噴出さないように、肝に銘じて反省します。

  • 「ノロノロ走るな、前の車をさっさと追い越せ!」
  • 「こんな狭い道でそんなにスピードを出すな!」
  • 「どうしてこんな遠回りの道を選ぶんだ!」

自分は運転が上手いと自負している夫にありがちなのですが、普段は穏やかな夫でも、助手席に座った途端、妻の運転に文句を付けたがります。

運転に限りませんが、他人に文句をつけるのは、自分の方が他人より優れているという心理の表れです。

運転する妻に文句を言うのは、普段の生活の中で、妻に抱いている不満が溜まっている可能性があります。

家庭の中では優位に立てないので、妻が運転する時に生じる優位性を無意識に感じ取って、ここぞとばかりに不満のエネルギーを発散させようとするのです。

プライドの高いであろう夫の自尊心に、真っ向から反発するから喧嘩になってしまうのです。楽しいドライブが最悪の雰囲気にならないようにする方法がないか考えてみました。

argument-238529_640

夫の優越感に逆らわない

男尊女卑を奨励するわけではありません。目的は、楽しいドライブを不快な時間にしないため、喧嘩になるのを回避することです。運転中の空間の中に限った対処の仕方です。

仕事や日常生活の中で押さえつけられたり、傷つけられたりしていると思われる夫にとって、数少ない欲求不満の発散の場が、妻が運転する車の助手席です。

この場は夫にとって、傷ついた自尊心を回復する時間と空間です。それを、夫の勝手な言い分と非難するのは簡単ですが、何も解決しません。

例え理不尽な関係であったとしても、夫の心の健康を癒すためと考えれば、許せることではないでしょうか?

夫婦どドライブする車の中の空間は、裁判所の法定ではないのです。どちらが正しいとか、どちらに真理があるかを決着する場ではありません。家庭の平安と夫婦の幸福を保つ場です。

運転に文句を言う夫を見て、「ああ、この瞬間に夫の傷ついたプライドが癒されているのだ」と思って、素直に従っているのがお互いのためなのです。

法廷で厳しく追求してくる検察官に、反論しようとする弁護士のようになってはなりません。車の中は成否を論ずる場ではなく、平安を求める場なのです。

夫の自尊心が治癒されることを願って、文句を有難く拝聴しましょう。

運転中は教官と生徒に徹する

当然妻にも自尊心があります。運転に関しても、自分なりの自負心はあります。譲れない一線というものもあるでしょう。あるいは、自分の方が夫より運転は上手いと思っているかも知れません。

「うるさいわね、そんなこと分かっているわ!」

「自分だって下手な癖に、言うだけなら誰でも出来るわよ!」

などと反発する気持ちはもっともです。とても理解できます。しかし、反発は良い結果を招きません。ここは、運転する妻の方が折れて、家庭の幸福のために自己犠牲の精神を発揮しましょう。

表面上は夫に華を持たせるのです。西遊記のお釈迦様のように、夫を掌の上で操ります。夫に勝を譲って、平安を得るのです。小さなどうでも良い優越感を差し出して、大きな価値のある幸福を手に入れます。

そのためには、自動車教室のように、助手席の夫を指導教官、運転する自分を生徒と見立てます。中には腹の立つ意地の悪い教官もいますが、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と、あるいは「大したことはない、大したことはない・・・」と心の中で唱えながら、頭の上をやり過ごします。

どんなに腹の立つ文句や要求であっても、「はい」「分かった」と答え、心の中では、自分の怒りを鎮めるのです。

心の中で、「クソ教官様、私の掌で気の済むまでわめいていなさい」と呟きましょう。

反論は車から降りた後にする

夫の文句に対して、当然、疑問や反論も出てくるでしょう。そういう場合は、運転中に反論してはいけません。

どんなに正当な反論であっても、むしろ正当な反論である程、夫の自尊心を損ない、気分を害することになります。

運転中は一瞬の判断や操作が影響します。そういう緊張した空間の中では、冷静に反論を受け入れる余裕がありません。普段は穏やかな人でも、運転すると人が変わったように乱暴な振る舞いをする人がいます。それは、大げさに言えば命に係わる運転の緊張状態から生じます。

助手席の夫も、運転する妻も、緊張状態の中にいます。ちょっとした不用意な言葉使いが、相手の機嫌を損ねる原因になりかねません。

反論や疑問が生じたら、車を降りた後、食事などの落ち着いた場で、冷静に、穏やかに問いかけるのが良いでしょう。

そこでも、喧嘩になりそうになる場合には、妻の方が大人になって、子供の夫を憐れんで、負けた振りをして夫を癒してあげることで家庭の平安を守ります。

最も大切なことは、妻のプライドより、家庭の幸福なのですから。夫の小さなプライドなど、家庭の平安に比べたら取るに足らないことです。

指摘されたことを冷静に反省してみる

これは妻自信が一人で行うべきことです。夫の文句の中にも、冷静になって振り返って見れば、もっともなこともあるはずです。

  • 左折の巻き込みを確認していない。
  • 一時停止が中途半端だ。
  • カーブミラーをよく見ていない。

自分の運転の中に隠れているもので、普段は自分では気がつかない小さなことを、夫の目には危険な運転に映っている場合があります。

夫に腹を立てる気持ちが、そういう貴重な指摘を軽視することのないようにしたいものです。

助手席の夫の態度は、そうそう変わるものではありません。歳をとる程、口うるさくなる可能性もあります。

普段の夫と、車の助手席の夫とを、頭の中で割り切って区別することです。夫の不満を一方的に受けるサンドバッグになるつもりで、あるいは怪我をした患者を介護する看護師になったつもりで、弱くてもろい夫を癒してあげましょう。

良い悪いではなく、家庭の平和、幸福のためです。

運転すること以外の生活の場で、妻のプライドを回復する場面は、いくらでもあるのですから。

↑このページのトップヘ